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東京高等裁判所 昭和41年(う)1780号 判決 1966年12月27日

主文

原判決中被告人に関する部分を破棄する。

本件を静岡地方裁判所浜松支部に差し戻す。

理由

本件控訴の趣意は被告人本人並びに弁護人大久保弘武各提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用し、これに対し次のように判断する。

記録に編綴の原審判決書によると、原判決主文には「被告人藤田を懲役一年四月に……処する。押収にかかる映画フィルム一巻(昭和四一年押第六四号符号一)、映写機等(同符号二ないし五)はこれを没収する。」と記載されているけれども、≪証拠省略≫によれば、本件につき昭和四十一年七月二日の原審判決宣告期日において、公判廷に出頭した被告人藤田進、原審共同被告人新実藤造、同石山健児に対し原審裁判官植村秀三から判決の宣告がなされたが、植村裁判官が朗読した判決主文中、被告人藤田に対する主刑の刑期については、当時同法廷内で右判決言渡を聴いていた立会書記官平野耕一(法壇直下の書記官席に着席)、立会検察官下山博造(法壇に向って左側の検察官席に着席)、検察事務官鈴木英治(別事件の公判審理のため検察官の補助者として下山検察官の右隣りに着席)、同関高治(実刑の言渡しのある場合に備え保釈中の被告人らを収監する手配のため傍聴席の最前列右端に着席して待機中)には、いずれも植村裁判官が「懲役四月」と読み上げたようにきこえたこと、下山検察官は朗読された主文をきいて被告人藤田に対する科刑と共同被告人らに対するそれとの間に余りにも均衡を失するものがあると考え、あるいは自分の聴き違いではないかを懸念し、植村裁判官が主文の朗読にひきつづき理由の要旨並びに上訴期間及び上訴申立書を差し出すべき裁判所を告知し終り、被告人らに退廷を許可する旨を告げるや、直ちに自席を離れて法壇に近寄り、植村裁判官に向かって「只今四月と聞いたが、その通りですか。」と確かめたところ、平野書記官が席を起立して黙って肯ずいてみせたので、植村裁判官は、「四月ときこえたか、それでは藤田を入れてくれ」と命じ、右法廷外の廊下で立話しをしていた被告人藤田を再度入廷させた上、同被告人に対し「さきほどは懲役四月ときこえたかもしれないが、懲役一年四月が本当だから、そのように理解しているように。」と告げ直したことを認めることができる。以上の事実に徴すれば、植村裁判官が最初主文を朗読した際、判決書主文に記載されているように「被告人藤田を懲役一年四月に処する。」と朗読したものとは到底認められない。ところで、判決は公判廷においてこれを宣告することにより外部的に成立するものであって、その終局裁判としての性質上、宣告された判決の内容は当該判決をした裁判所を拘束し、その後これを撤回変更することは許されないのであり、判決書が既に作成されていて、これに基づいて判決が宣告された場合であっても、もしその主文が誤って朗読されたときは、口頭で宣告されたところがそのまま判決の内容として拘束力を生ずるのである。もっとも、判決の宣告にあたり同じく読み誤り、言い間違い等の過誤を犯した場合であっても、判決宣告手続が完了する以前にその朗読ないし告知の誤りに気付き、その場でこれを訂正することは許容されるものと解すべきであるが、既に判決宣告手続が完了した後においては、判決の実質に何ら影響を及ぼさない些少明白な誤謬を除き、もはやこれを訂正することはできないものといわねばならない。しかるに、本件において原審裁判官は前叙のとおり判決宣告手続がすべて終了し、被告人藤田に退廷を許可した後にいたり、再度同被告人を入廷させ、さきに朗読した主文の刑の刑期を訂正し、あらためて懲役一年四月と告げ直したのであるから、右訂正は無効と認めるのほかなく、同被告人に対する宣告刑は最初に読み上げられたところに従い拘束力を生じたものというべきである。

してみれば、原審判決書主文には被告人藤田に関する限り現実に口頭で言い渡された刑が記載されず、これと刑期の異なる刑が記載されていることとなるので、原審の同被告人に対する判決に関する訴訟手続には法令の違反があり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、各論旨は理由がある。

よって、刑事訴訟法第三百九十七条第一項、第三百七十九条により原判決中同被告人に関する部分を破棄した上、同法第四百条本文に従い、本件を静岡地方裁判所浜松支部に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 坂間孝司 判事 栗田正 近藤浩武)

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